2007年6月27日 (水)

公募!第29回生光展

 このブログをご覧くださっている方に、お知らせとお願いです。
 今秋、10月8日(祝・月)~10月14日(日)、東京・銀座の東京銀座画廊・美術館で、「第29回生長の家芸術家連盟美術展(生光展)」が、開催されます。
 この生光展は、「美とはそこに生命があらわれていることである」という考えに賛同する皆さまの作品を集めて開催される公募展で、趣旨にご賛同いただける一般の皆さまからも、絵画、彫刻作品を広く募集しています。Seikoten_banner_3
 ちなみに、油絵、水彩、日本画、版画等の絵画は、10号(53センチ×33センチ)から50号(116センチ×91センチ)までのサイズを受け付けます。
 私、TKも、この展覧会の運営に携わりながら、毎年、絵画を出品しております。
 詳しい作品募集要領をお知りになりたい方は、このブログのサイドバーの「おすすめサイト」の中にある右のデザインのバナー広告をクリックしてください。

 また、ご自分のブログでこの生光展を宣伝していただけると、とても、うれしいです。
 ちなみに、下記のバナー広告のHTMLを、ご自身のブログの所定の場所に埋め込んでいただきますと、生光展の募集要領にリンクするバナー広告の画像が表示できます。(応募申し込みの締め切り日は2007年8月31日ですので、その日までの期間限定ということで、掲載をお願いします)
 それでは、どうぞ、よろしくお願いいたします。(TK)

<a href="http://www.sni.or.jp/saa/informaton/index.html" target="_blank"><img src="http://www.sni.or.jp/image/seikoten_banner.gif"  alt="第29回生光展 公募" border="0" /></a>

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2007年5月24日 (木)

本の個性を顔にする~装丁家・鈴木成一氏

「飾りで気を引かない。本の個性を顔にする」――装丁家の鈴木成一氏の言葉だ。
氏は、その本の個性を知るために、本の内容を熟読することから仕事を始める。
装丁の依頼は、実に年間700冊以上に及ぶ。1日2冊ペースで仕上げる計算だ。
毎月締め切りを待つ本は、実に60冊。
氏の一日は、朝5時に起床し、まず仕事の本を読書することから始まる。
私が驚いた氏の言葉、
「“本として、こうなりたいんだけどね”みたいなものが聞こえる」
「そうであるもの向かって、彫刻していくような感覚ですね」

氏は、装丁を手がける本と対話しながら、デザインを考えているのだ。
だから、一切、流行に左右されない。答えは本の中にしかないと思うから。

番組では、氏が手がけた数多くの書籍の映像が紹介されたが、ただ一人の人物が手がけたデザインとは思えないほど、多種多様だ。それは、自分を殺し、本の個性に徹するからこそ生まれる多様さ。

「装丁には正解がある」
これが信条だという。だから正解が見つかるまで、妥協せず、締め切りが多少過ぎようとも、その答えを求めつづける。
「“これこそ正解だ”というものがつかめないと、つっぱしれない。情熱を傾けられないというか、疑ってやっているとダメですね。それが本当に正解か?と言われると自信はないですが、私は“それが正解だ”と思ってやっていますね」

その正解が見つからず、行き詰まった時には、未完成な装丁を施した書籍を仕事のデスクの横に飾って、ほかの仕事に熱中するという。なぜか?
「気をそらすことで、気づくっていいますかね、違和感を徹底的に自分の中に植え付けるみたいな…。ずっと向き合っていると、見えるものも見えない」
「その作品(装丁)に対して、無意識な状態に身を置いて、フイに見た時に何を感じるか、それを探る…」
要するに、心を新鮮な状態にして、未完成の装丁と向き合うためなのだ。
これは、いくつもの作品を並行して制作する画家の工夫に似ている。

では、何が氏の情熱をかき立てているのか?
「(人から仕事を)頼まれるってことは、期待され、信頼されているわけなんですね。それが大事なんですよ、やっぱり。だから、その関係を壊さない。ちゃんとした仕事をこなしていくということなんですね」
氏は、有名になるまでの10年あまり、フリーデザイナーとして不遇な下積み時代を過ごした。仕事をしても報酬を払ってもらえなかったり、いったん頼まれた装丁の仕事を、作家のわがままか何かでキャンセルされ、別のデザイナーにその仕事を奪われた苦い経験をもつ。
だから、組織に属さない彼は、何よりも仕事相手との信頼関係を重視する。

最後に、対談相手の脳科学者・茂木健一郎氏が、「情報化時代の中で、どうやったら“おっ”と人を立ち止まらせることができますか?」と問うと、
「ワクワクしたものって人に伝わりますよ」と鈴木氏は答えた。
これだと思った。
私もこのブログで絵手紙やスケッチを掲載しているが、確かに自分でワクワクして描いたものは、反響もいい。これは、創造的な仕事全般に通じることではないだろうか?

今回、NHK総合テレビ「プロフェッショナル~仕事の流儀」で放映された装丁家・鈴木氏の仕事ぶりを見て、強く感じたことは、何よりも「自分の手応え」を大切にしていること。彼の言葉で言えば、本の中にあると同時に、自分の心の中にある「正解」だ。他者の反応ではない、まず、自分の心の中にある一つの理想型が相手なのだ。その「手応え」がしっかりしたものなら、必ずほかの人にも訴えるものがある――そんなモノづくりの原点ともいうべき信念を感じた。
この仕事をする上で、「手応え」を大切にすることについては、私が尊敬する画家の中川一政氏も語っているところでもあるので、別の機会に紹介したいと思う。

まだ、番組を見ていない方には申し訳ないが、自分の感動がさめない間にご紹介したかったので、番組の内容を紹介しました。どうか、お許しください。

2007/05/24 TK

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2007年5月22日 (火)

今晩のNHK『プロフェッショナル』

皆さん、今晩のNHK『プロフェッショナル』は、お勧めです。
書籍の装丁(カバーデザイン)を手がける装丁家、鈴木成一氏が登場します。
この人は、浅田次郎の『鉄道員(ぽっぽや)』などの装丁を手がけた人で、
TKも、前に雑誌のインタビュー記事を読んでこの人の存在を知り、興味を持っていました。

今日の朝刊各紙に番組のあらましが載っていますが、
その仕事ぶりの一端を紹介すると、彼は、装丁の依頼を受けた原稿を
徹底的に読み込み、「これしかない」というデザインをひねり出すらしいです。
これは、きっと“言うは易く行うは難し”でしょうね。限られた時間の中でやるのですから…。
このエピソードだけでも、この鈴木氏のすごさが想像できますが、
山ほどある書店に並ぶ他の書籍とは、ひと味違う“光るもの”を生み出す秘訣が、
きっと番組を見れば見つかるような期待を、私は抱いています。
絵画、仕事、etc、それらに対して、きっと良いヒントが見つかるはずです。

番組を見た私の感想は、また、このブログで紹介するつもりです。
番組は、NHK総合テレビで今晩10時から45分間。チェックです。

TK

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2007年4月10日 (火)

芸術と癒し

 4月9日の「絵てがみギャラリー(99) keikoさんの絵」についたkeikoさんご自身のコメントを読んで、改めて、「芸術と癒しの関係」に思いを馳せました。
 次にkeikoさんのそのコメントの一部を紹介します。

「心の方向を変えるのに少々時間を要する時。。。。ただ“ひたすら”に筆を走らせ、その“無心”の心が自分自身を“救う”事を発見しました! 『絵画』 絵画にあらず、己の向上の一つの道であります!」

 この言葉には、keikoさんの実感がこもっていて私の胸を打ちましたし、非常に共感できるものがありました。
 というのは、私も仕事や日常生活の中で心が波立つことがありますが、そんな時、無心になって目の前の草花を見つめ、その美を写しとろうとスケッチしているうちに、波立つ心がいつしか消え去り、なんとも言えない清々しい思いになることがあるからです。

 また、昨年秋には、私が現在、運営に携わっている美術展で入賞したAさんから、次のような話を聞きました。
  Aさんは、長年フランスに滞在し、世界最古の国際絵画展であるル・サロンの会員にも名を連ねるほどの画家ですが、昨春、実父と恩師の2人を相次いで亡くし、精神的にとても落ち込んだ時期があったそうです。絵筆を持つ気力も萎えてしまい、一向に制作が進まない状況の中で、信仰心の篤い彼女は、神様に「何とか大いなるお力をお分けください」と祈り続けたといいます。
 すると、徐々に気力がよみがえって再び絵筆を持てるようになり、描き始めると、今度は絵に集中できるようになり、制作が順調に進み、数カ月後には完成。いつしか精神的にも立ち直り、元気になったといいます。
 そして、展覧会に出品したその絵が、見事、最優秀賞に輝くという“ご褒美”まで付いて!
 Aさんの場合、絵画制作だけでなく“祈り”という行為も加わりますが、1枚の絵を描くという過程において、徐々に精神的な安らぎが得られていったことは間違いない事実です。

 私は思うのですが、絵画という表現芸術を創作する場合、自分が描きたいイメージは、自分の内面にあります。それが何なのかを見つめる過程において、心が純化していくのではないでしょうか。それが、本来の自分を取り戻すことにつながり、精神の安らぎをもたらす…そんな気がします。
  芸術…というと、何か敷居が高いような気がしますが、一種の“自己表現”ということですね。ですから、絵手紙であっても、芸術たりえると思います。それは、この「絵てがみ教室 ~アトリエTK」に投稿される方の作品を見ても明らかです。
 また、制作を重ねるごとに喜びに輝いていっておられる投稿者のその姿が、「芸術創作による自らの癒し」を証明しているように思います。

2007/04/10 TK

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2006年9月26日 (火)

ブラインドダンス

Bllind_dance 「ブラインドダンス」ってご存じですか?
“ブラインド(Blind)”というのは、「盲目の」という意味の単語。
そう、視覚障害者のための社交ダンスのことなのです。
先月、8月27日に、東京・江東区の東京ビッグサイトで
「第1回全日本ブラインドダンス選手権大会」が開催されまして
私は、出場者の一人、Kさん(50代女性)を新聞の仕事で取材しました。
この大会の模様は、日テレの「24時間テレビ 愛は地球を救う」の中で
ほぼリアルタイムで中継放送されましたので、ご覧になった方もおられると思います。

私は、大会のビデオを見ただけなのですが、後日、Kさんと会ってビックリ。
5年ほど前から全盲になられたのに、雰囲気が非常に明るいのです。しかも、
心の壁がなくオープンで、すごく話しやすい方でした。

で、Kさんの大会の結果はというと、なんと3種目に出場して、ルンバが準優勝、
ワルツが3位、タンゴが6位という好成績だったのです。
1回の競技時間が1分半と短いのですが、それぞれの種目で一次予選、準決勝、
決勝と競技が続くので、体力的にも大変だったようです。

このKさんが話してくださった印象に残った話、

「社交ダンスは必ず、男性が女性をリードするもの。だから、男性が足を出せば、
女性が足を引っ込める。男性が手を引っ張れば、女性が前へ一歩踏み出すとよう
に決まっています。夫婦は“針と糸の関係(※編注 夫を針、妻を糸に喩えて、針
が先に進まないと縫い物ができないように、夫婦も夫がリードして、妻がそれに合
わせて(調和して)進む時、家庭がうまくゆくという意味)”と言いますが、まさに社
交ダンスはそれを実践するスポーツです」

なるほどー。

でも、おもしろかったのは、このKさん、大会で3人の別の男性パートナー(いずれ
も健常者)とペアを組んで踊ったそうですが、そのうちの一人はタレントのGさん。
そのGさんが、テレビで言ってました。
「私が緊張して、踊るテンポが早くなっていると、Kさんが握った手を通して、“抑えて、
抑えて”と伝えてきているのが分かりました」と。

なるほど、「糸」の役割も、なかなか奥深いものですねぇ~。

というわけで、今朝は、社交ダンスをイメージして絵を描いてみました。
ちょっとは感じが伝わるでしょうか?

TK

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2006年7月10日 (月)

初めてホストファミリーに(6)

 京王八王子駅までの車中も、車窓からの景色を眺めながら、サンカルさんといろんな会話をした。
 終着駅の八王子駅に着いた後は、駅前の「ミスタードーナツ」に入って、彼に今回のホームステイの感想文を記載してもらった。彼は、A4の感想文用紙1枚全部を使って、英語で丁寧に書いてくれた。一所懸命に書く彼の姿を見て、とてもうれしく思った。
 そして彼は、JICA八王子までタクシーで送るという私たちの申し出をかたくなに断って、私に握手をしてくれ、「これからもメールで交流しましょう。今回の体験を生涯忘れない。いつかネパールに来てください」と言ってくれた。その言葉を聞いて私は、とても感激した。そして、「いつか行きたい」と彼に告げた。
  次に、妻がサンカルさんと握手し、続いて子供を代表して、幼稚園に通っている末っ子が、サンカルさんと握手した。
 サンカルさんは、末っ子を指さして「Good Boy」と白い歯を私に見せた。 Goodbye
 こうして彼を駅で見送った後、帰路についた私は、とても開放感のともなった、なんともいえない充実した気持ちを抱いていた。私たち家族にとって初めてのホストファミリーの経験。緊張はしたけれど、終わった後には、達成感だけが残った。
   このブログを読んでくださっている上司や友人から「いつ勉強したの?」「難しい内容の会話なのによく分かったね」などと直接、言われたりしたが、今回、サンカルさんの話す内容がある程度理解できた理由は、まず第一に、相手のサンカルさんが、私の英語力を察知して、ゆっくりと、しかも、身振り手振りで、私が分かるまで根気よく伝えてくれたこと。次に、この1年間、ほぼ毎日、NHKのラジオ講座「英会話入門」を往復の通勤電車の中で聴き続けてきたこと――この2つが、大きかったのではないかと思う。
  そして、今回の体験で、「まだ知っている英単語が少ない」「話す力が足りない」など、自分の課題も見えてきたので、「もっと英語の力を磨いていきたい」という意欲もわいてきた。
  サンカルさんと分かれて1週間、そろそろ、サンカルさんに英語でお礼のメールを送ろうかと考えているこの頃だ。「彼には、もう私の英語力がバレているので、ちょっとくらい表現を間違えても許してくれるに違いない」と完全に開き直っている私である。(連載終わり)TK

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初めてホストファミリーに(5)

  まず、京王バスで府中駅に向かい、そこから京王線に乗り換えて調布駅まで行き、駅のコインロッカーにサンカルさんの荷物を預けてから、バスに乗って深大寺へ。
 バスを降りて皆で深大寺に向かって歩く。道路の両脇にはとても緑が多く、閑静な場所が続いていたので、歩いていて快適だった。
 途中で、雨が降ってきたので、深大寺の門前にある茶店で40分くらい休憩し、小雨になったところで深大寺を拝観。重要文化財の白鳳仏などを見学した後、門前のそば屋で食事をしてから、寺の裏手にある神代植物公園に向かった。Jindaigarden_1
  小雨が降る中、園内を散策したが、色とりどりのバラが咲く「バラ園」がとても広くて美しかった=写真。 
 バラ園に隣接する温室も花々が美しく、サンカルさんも私も何枚か写真を撮影した。彼は、写真が好きらしく、自分が持参したデジタルカメラで、「この風景を背景に自分を撮影して欲しい」と何度も私にリクエストした。その際、必ず自分でファインダーを覗いてアングル(構図)を決めてから、私にカメラの液晶画面を確認させた上で、撮らせたので、「好きな人だな~」と苦笑した。
  この散策の道中でも、子供たちが、「おもちゃを買って欲しい」「ジュースが欲しい」などと言って、親を困らせたので、「これは早めに切り上げた方がいい」と判断して、早々に植物公園から出て、調布駅までバスで向かい、京王線に乗り換えてサンカルさんの滞在地である京王八王子駅まで向かった。(つづく)TK

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2006年7月 9日 (日)

初めてホストファミリーに(4)

 サンカルさんとの会話で、ネパールでは子供たちの英語教育が非常に盛んだということも分かった。小学校には、大体、4つのレベルの学校があるそうなのだが、彼の子供が通う上から2番目のレベルの学校では、ネパール語の授業は国語のみで、そのほかの教科は、すべて英語を使って授業が進められるそうだ。
 なぜ、それほどまで英語教育に力を入れるのか尋ねてみると、「日本のような力のある国ではないから。日本を含めた外国諸国と交流するために必要不可欠であるため」という返事だった。なるほど、「ネパール人(国)は、国際社会で生きていく上で、英語を学ぶ必要に迫られているのだな」と思った。
  実際、サンカルさんは、英語を使って日本人である私と意志疎通をはかっているわけだし、海外に出た時に、やはり、英語の力は大いに役立つというわけだ。(※サンカルさんの英語は少しなまりがあるものの聞き取り易く、方や私が話す英語はたどたどしい)
 さらに、彼の母国での仕事について、詳しく説明してもらった。
 彼は、カレッジを1985年に卒業して、政府の「Balaju Technical Trainig Center」(BTTC:職業訓練校のようなもの)で「Assistant Instructor(アシスタントインストラクター)」として働くようになり、10年後には「Training Officer(トレーニングオフィサー)」に昇格したという。もう20年働いているので、このまま仕事を辞めても、国から年金がたっぷり入るので働かなくても済むのだが、あと5年はこの仕事を続けるつもりだという。
 今、彼は、このBTTCで午前10時から夕方の5時まで働き、そのあと午後8時から、従業員が10人の自分の会社「ATDGMI」で働いているという。会社の業種は、医療器具(ベッド、車椅子など)、コーヒー豆絞り機、掃除ロボット(試作品)、果実を山頂から下まで運搬するロープウエイシステム(電動ではない)などの金属加工製品の設計、製造などを行っているという。それらの業務内容のCD、ビデオも見せてもらった。
 彼は、5年後に定年を迎えてからは、自分が経営するこの会社で働き続けるつもりらしい。
  こうした話を、わが家のリビングで、8時の朝食時から午前10時半ごろまで続けた。
 その後、サンカルさんと家族全員で、観光のために調布市にある深大寺に向かった。(つづく)TK

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2006年7月 8日 (土)

初めてホストファミリーに(3)

 2日目の朝、朝食のメニューは、いつもと何ら変わらない、ご飯、わかめのみそ汁、卵焼きだった。一応、彼に一緒に食べるか尋ねると、「食べる」という返事だったので、リビングで共に食卓を囲んだ。彼が日本食を食べてくれるか心配だったが、全部残さず食べてくれたので安心した。
 食卓で、私から積極的に、昨夜話を聞いた内容に関する疑問点などを彼に尋ねた。例えば、ネパールはヒンドゥー教が国教なのに、なぜサンカルさんの子供が通っているようなキリスト教の学校があるのか?、彼の仕事についてのさらに詳しい内容、カースト制の詳しい内容…など。
 その結果、分かったことは、数カ月前にネパールでデモクラシー(政変)が起こって、ヒンドゥー教が国教ではなくなって、「どんな宗教でもオープンになった」ということだった。
 そして、ネパールでは現在、仏教徒、ヒンドゥー教徒、キリスト教徒、イスラム教徒などが共存して暮らしているということ。特に、仏教徒とヒンドー教徒とは、互いの祭りに参加し合っているということなどが興味深かった。互いの礼拝の対象に敬意を払って、祈っているのだと。 
 ただし、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒とは、生活の細部に至るまで正反対だと説明してくれた。それは、顔の洗い方(一方はおでこから下へ、もう一方は顎(あご)から上へと洗う)、ヒンドゥーは牛に敬意を払い、豚を嫌うが、イスラムは豚を敬い、牛を食べることなど。だから、この両者は、しばしば対立してあまり仲良くないのだということだった。
 あと、私の方から、古代インドの宗教哲学書である『ウパニシャッド』について話をした。具体的には、ブラフマンBrahman(梵=宇宙に偏在する神)とアートマンAtman(真我)について、ブラフマンは「Universal God(ユニバーサルゴッド)」、アートマンは各自の「Soul(魂)」であり、それは一つだと思うがその理解でいいか、と尋ねたが、彼はブラフマンとアートマンは、ディファレント(別もの)だと答えた。
 彼の説明によると、ブラフマン(ブラフミン)というのは、カースト制の最上の階級を指すということだった。その辺は、私の話した真意がうまく伝わっていなかった(私は“階級”という意味のブラフマンを説明したのではなかったから)。
 その後、彼は、カースト制に関する、実例をいろいろ紹介してくれた。カースト制には大きく分けて、4つの階級(上からブラフミン、クシャトリア、ビアイシャ、スードラ)があり、上から3つは、最近では、交流できるようになってきたそうだが、4番目の階級(スードラ)に関しては、上の3つと完全に切り離されているということだった。
 例えば、3番目の階級(ビアイシャ)に属するサンカルさんの食器を下層のスードラの階級の人が触れたとすると、その食事は「もう食べられない」ということなど、厳格に別れているということだった。
 また、彼が履き古した靴を捨てると、下の階級の人がそれをもらい、修理して自分で使うらしい。サンカルさんが属しているビアイシャが、ネパールでは一般的で、スードラの数はそれに比べて少数だということだった。
 カースト制には、職業の規制もあり、例えばスードラの階級は、肉の裁断をする仕事や清掃など、いわゆる人の嫌がるようなことしかできないということだった。
 なぜ、こうしたカースト制ができあがったのか、彼の話を聞いて興味がわいたので、また文献等で詳しく調べてみたいと思った。(つづく)TK

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2006年7月 7日 (金)

初めてホストファミリーに(2)

 この日の夕食のメニューは、いくらが載ったちらし寿司と蒲鉾の吸い物。サンカルさんとの会話は、互いの仕事内容や、ネパールの学校事情におよび、続いて彼が持参したネパールの観光案内用のCD-ROMをわが家のパソコンで見せてもらい、それについていろいろ話をした。
 夕食時に彼に勧めたビールは、よく冷えていたため、ずっとテーブルの上に置いたままだったが(彼は冷えたビールは飲まないため)、入浴を終えて再び彼に勧めると、「自室に戻って飲む」ということだった。リビングでビールを飲むとわが家の幼い子供たちが寝る時間が遅れると察知した、彼の気配りだったように思う。時刻はすでに午後9時を回っていたから。
 就寝前、彼から、「夜中に水を飲みたいので用意して欲しい」と言われ、2リットル入りのペットボトルの水を手渡した。
  その後、寝室に戻って妻から、私がいなかった時間の様子を聞いてみると、彼は私の子供たちと、トイレットペーパーの芯をピンにみたてて、ボールをころがして倒すという「即席のボーリングゲーム」をして遊んでくれたりしたそうで、「子供が好きな人が訪問してくれて良かった」と夫婦で喜び合った。
  子供たちの様子は、初めて海外のお客さんを招いたということもあり、いつもよりテンションがアップした様子で、彼との会話中には、父親である私の関心を自分たちに向けようとして、たびたびちょっかいを出してきた。まだ、訪問客に気を配ったりできる年齢に達していないから、やむを得ないだろう。(つづく) TK

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